2025年9月23日火曜日

愛のかたち40周年:23日目

愛のかたち40周年:23日目

愛のかたちの40周年を記念するために、9月は毎日1つずつタイムカプセルを作ります。この偉大な作品に関連した人、出来事、モノを、1985年から現在までいろいろ集めます。

愛のかたち –今日の人

マーティン・グローバー(別名ユース) – アルバム発売時(左)と現在の自宅での姿
ユース(マーティン・グローバー) – アルバム発売時(左)と現在の自宅での姿

ユース(マーティン・グローバー)は、イギリスのミュージシャン兼レコードプロデューサーで、ポストパンクバンド「キリング・ジョーク」の創設メンバーのベーシストです。ピンク・フロイドやポール・マッカートニーなどの影響力のあるミュージシャンを含め、幅広いアーティストと仕事をしています。もちろん、ケイトの「愛のかたち」3曲目のクラシックで陶酔的なシングル「大空」であの忘れられないベースで良く知られています。

「愛のかたち」のアルバム発売イベントでのユース(マーティン・グローバー)とケイト

まさに今週ですが、マーティンはこのアルバムの40周年を自分のFacebookページで祝っていました。大空でベースを弾くことができたのは光栄です。ケイトとの仕事は、私自身のその後の制作にも大きな影響を与えた衝撃的な経験でした。彼女はあの時代に、今だれもがやっているようなことを開拓して定義したのです。このレコードは完璧なクラシックであり、今日でも時代の先を行っているように聴こえます。彼はラズベリーベレー色のインディーズアナログ盤の写真を投稿しています。

愛のかたちのレコードを楽しむマーティンの猫(写真:マーティン・グローバーのFacebookより)

アルバムに収録されている大空のバージョンは、オリジナルのアレンジからずいぶん違う世界になっています。1985年、ミュージック・マガジンのインタビューで、デル・パーマーとケイトがこの曲について話しています。デルは次のように話しています。「『大空』もそんな感じで、3回ほど変わりました。元々は、アルバムに収録されているのとはメロディライン、解釈など根本的に違う曲でした。しかし、ケイトはそれを破棄して書き直し、オリジナルの曲のほんのわずかな要素だけを残して書き直しました

ケイトはユースのベース演奏をレコードで採用したことについて聞かれています:「この曲では、ロックンロールベーシストとして高く評価されているから、ユースさんに入ってもらうことになったのですか」ケイト:「そのとおりです。エネルギーが曲にぴったりでした。キリング・ジョークで演奏されてましたね」デル:「また(ユースは)オリジナル版でプレイしていましたが、後のバージョンでも彼にプレイしてもらうのが、カルマ的にも良いことだと考えました。そして、こういう曲にぴったりの本人のスタイルで演奏してくれました。まさに適切な曲に正しい方法で適切な人に入ってもらうということでしたね。適材適所です」

テレビや大空のミュージックビデオでケイトと共演するユース(マーティン・グローバー)
様々なテレビ出演や大空のミュージックビデオでケイトと共演するユース

1985年にはケイトと共にイギリスやヨーロッパのテレビ番組にも何度か出演し、神秘の丘大空を演奏しています。もちろん大空のミュージックビデオにも登場しています。

愛のかたち –今日のできごと

「大空」のミュージック・ビデオ – 1986年3月撮影
大空のミュージック・ビデオ – 1986年3月撮影

1986年3月6日木曜日のことでした。ジョン・カーダー・ブッシュから電話がありました:「ビデオに出演するために100人ぐらいのファンを集めるのを手配できますか?」「問題ないですよ。どこでですか?」「まだはっきりしてないけど...」「それで、撮影はいつですか?」「それもちゃんと決まってないんです。場所はロンドンで、来週のどこかで朝早くかな」「分かりました」電話を置いてから、もうパニックです。

– デイヴ・クロス(ホームグラウンド誌、1986年)

ホームグラウンド誌のデイヴ・クロス - 「大空」のビデオ撮影時、1986年3月
ホームグラウンド誌のデイヴ・クロス - 「大空」のビデオ撮影時、1986年3月

大空のミュージックビデオの撮影は、ケイトがホームグラウンド誌の編集者に100人を超えるラッキーなファンを集めて撮影に参加させるよう依頼したというユニークなイベントでした。ちなみに(ショーンの立場では)、ケイトの初期のキャリアの頂点でこのようなことをしたホームグラウンドの仲間をいつも誇りに思っています。そして、私が嫉妬するタイプではありませんが、仲間のピーター、クリス、デイブは同じ年の後半にエクスペリメントIVのミュージックビデオにも出演しています。すばらしい。

大空のビデオ撮影 – 写真:デイヴ・クロス

デイヴ・クロスはホームグラウンドのページにファンを集めて撮影したときのことを書いています。必死に郵便を送り、何十人もの熱心なファンから電話で返事をもらい、ついにその日がやってきました。デイブは次のように書いています。「大事な日は3月19日水曜日でした(ケイトは火曜日にすべてのソロ撮影を終えていました)。マンチェスター・スクエアに2台のバスが待っていて、エルストリーにあるソーンEMIスタジオまで全員を運び、そこで衣装を着てメイクをしなければなりませんでした。バスが到着しピーターが楽屋に駆け込んだ時、ライオネル(・シャロン)と私はライト兄弟に変身していました。楽屋を歩き回っていると、ある瞬間宇宙飛行士とおしゃべりをしていて、次の瞬間にはドイツ人将校が「ヤング・ワンズ」の真似をして「飛行者たちよ」とやっているというような、とんでもない状況でした。それからエイミー・ジョンソンにお茶がどこにあったのか尋ねたり、スーパーマンにトイレの場所を教えているかもしれません」

「大空」のビデオのセットで衣装を身に着けたパディ・ブッシュ(ディジリドゥを持っている)とホームグラウンドのピーター・フィッツジェラルド・モリス
「大空」のビデオのセットで衣装を身に着けたパディ・ブッシュ(ディジリドゥを持っている)とホームグラウンドのピーター・フィッツジェラルド・モリス
「大空」のビデオ撮影
「大空」のビデオ撮影
「大空」のビデオ撮影

「最初の撮影は午前8時に始めることになっていましたが、後に11時ごろになると分かりました。そして私は皆にまだ寒い駐車場でケイト・ブッシュのファンが退屈して待っていると伝え、パディと私で一緒に外に出ました。パディはしゃれた緑のジャンプスーツを着ていましたが、皆は私のビクトリア朝の衣装がちょっと古風な髭との組み合わせで完璧だと思ったようです。最終的に、11時45分頃に、最初のシーンに向けて観客を含めて全員の準備が整いました。ケイトとギタリストのケビン・マカレアとアル・マーフィーが2列に並んだ飛行士の間で滑走路を歩くシーンです。この撮影は5回ほど行いましたが、ケイトはステージの両側にあるアーク灯でファンがやけどをしないかと心配して、皆に動かないように伝えていました。撮影が終わったら、昼食の時間になり、しゃべりながら食事をしました」

[https://www.youtube.com/watch?v=sV7w5TaYjRA](https://www.youtube.com/watch?v=sV7w5TaYjRA)

午後の最初の撮影シーンは全員が参加する最大のシーンでした。キリンも含めて全員が一気に進むビデオのクライマックスです。観客を招く前に何回かリハーサルをしました。あるリハーサルでは、合図を逃して誰も前に走らず、飛行スーツ姿のケイトが追いつかれてしまいました。観客をいれたOKテイクは、間違いなくその撮影の中で最もエキサイティングな瞬間でした。各テイクが終わったときの観客からの心からの拍手はスリリングで、ケイトが飛行士たちに「みんなブギーしてますか!」と聞いたのは忘れられません。

左から右へ:デル・パーマー、ケビン・マカレア、ケイト、デイヴ・クロス、アラン・マーフィー、パディ・ブッシュ。写真集ケイト:インサイド・ザ・レインボウに収録のジョン・カーダー・ブッシュの写真
左から右へ:デル・パーマー、ケビン・マカレア、ケイト、デイヴ・クロス、アラン・マーフィー、パディ・ブッシュ。写真集ケイト:インサイド・ザ・レインボウに収録のジョン・カーダー・ブッシュの写真

それからお茶を飲んで、その日の最終撮影に向かいました。それは、ダンサーと複雑なカメラアングルをいくつか含むもう一つの観客ショットでした。約4テイクのあと、ケイトは少し気分が悪くてステージから少しの間出なければなりませんでした。彼女は大丈夫でしたが、いつものようにちょっとやり過ぎたようで、少し眠る必要がありました。水曜日は疲れているもののハッピーな人々でいっぱいの2台のバスが出て、3人のホームグラウンド関係者(クリス・フィッツジェラルド・モリスを含む)がライオネルの車をなんとか動かそうとしました」

「大空」のビデオ撮影
「大空」のビデオ撮影

木曜日にはもう一つの大きなシーンがありました。月、ジェット機、オープニングのシーンで、スタジオ全体を煙で満たしクローズアップが必要です。私が午後7時30分頃に出発したとき、ケイトはまだ月のショットの仕上げをしていました。どこからそんなエネルギーを得ているのか、本当に謎です。完成したビデオを見ると、撮影にそれほど時間がかかったとはとても思えず、すべてが瞬く間に流れていきます。その努力の末、「大空」はケイトのこれまでの作品の中で最も生き生きとしたカラフルな作品になりました。ありがとうございました。

1986年3月のビッグスカイのビデオ撮影でのケイトとクルー
1986年3月のビッグスカイのビデオ撮影でのケイトとクルー

ケイトは1986年のファンクラブ会報でこの撮影について次のように書いています。「大勢の人たちと一緒に仕事をするのはとても気分がいいものです。ステージを埋めてライブのような効果を出すために大勢のパフォーマーをアレンジしたのに加えて、ライト兄弟から2人の宇宙飛行士まで、航空史をなぞるためにたくさんの人々が必要でした。ライト兄弟はデイヴ・クロスとピーター・フィッツジェラルド・モリスそっくりで、宇宙飛行士の一人はジェイに似ていました。大規模で熱狂的な群衆も必要だったので、デイヴ・クロスにクラブのメンバーを組織するように頼みました。それは非常に感動的で、人々のエネルギーで満たされる気分でした。まるで本物のコンサートのような気分でした

今日のタイムカプセルの投稿の写真は、ホームグラウンド、ポール・トーマスさんなどからいただきました。素敵な思い出です。

デル・パーマーとパディ・ブッシュ – 大空 – クリス・ティリーによる漫画(1986)
デル・パーマーとパディ・ブッシュ – 大空 – クリス・ティリーによる漫画(1986)

愛のかたち ― 本日の作品

katebushcollectibles.com)の協力でお届けします。

Promotional lighter as used by fans on The Big Sky video shoot - March 1986
大空のビデオ撮影で使用されたノベルティのライター(1986年3月)

この素敵なアイテムをお持ちなら、ラッキーなことです。「大空」のプロモーションライターは、1986年3月19日(水)に大空のビデオ撮影に参加するために集まったファンに手渡されたものです。このライターが活躍しているのがよく見えるのは、円形のスポットライトのシルエットを囲んでいる上からのショットです。

ケイトは1986年にケイト・ブッシュ・クラブのニュースレターで次のように書いています。「撮影クルーはみな、集まった人たちがすばらしいと賞賛していました。過去の経験から、そのように集められた人がろくでもないと考えていました。でも私は、ちゃんとした人に出会ってなかっただけではと言いました。誰もがすばらしく、ほとんどの人がライターを掲げて振り、親指をやけどしていたようです。こんなにもたくさんのスターがいる空間には出会ったことがありません

愛のかたち –今日のトリビア

弓道の手袋をつけ弓を持つケイト – 写真:ジョン・カーダー・ブッシュ
弓道の手袋をつけ弓を持つケイト – 写真:ジョン・カーダー・ブッシュ

今日の投稿では、ケイトのファンにいつでも彼女を助ける準備があることが分かります(上の大空の撮影でも分かるように)。非常に有名な1985年の衣装でもそんな支援があったことをご存知でしたか?神秘の丘シングルの有名なカバー写真では、ケイトが矢を射ています。ジョン・カーダー・ブッシュがケイトの希望に沿ってその撮影をデザインし、弓道の知識が大いに活かされました。

神秘の丘 – シングルカバー(1985)
神秘の丘 – シングルカバー(1985)

着用している手袋は日本式のアーチェリーである弓道(Kyudo)の手袋で、矢(Ya)も弓道でも用いられるものです。視覚的な特徴から選ばれたものですが、ケイトが引いているのは弓道の弓ではなく長弓です。この手袋をイギリスに送ったのは西原秀明という日本人ファンでした。ケイトとジョンが彼に日本で作ってもらうように頼み、ケイトは自分の手の型取り(下)を送りましたた。ペッカ・ヒルトゥネンさんより。

ケイトが形どった手の絵 – 神秘の丘のシングルカバー撮影のために手袋を作ってもらうために日本のファンに送られたもの
ケイトが形どった手の絵 – 神秘の丘のシングルカバー撮影のために手袋を作ってもらうために日本のファンに送られたもの

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