2016年6月30日木曜日

ツアー・オブ・ライフのコーラス担当のグレニス・グローブスが回顧録を発表

Glenys Groves bookグレニス・グローブスが 発表した自伝/回顧録「バラード、歌、ひととき」にケイトのツアーのことが 記されています。 グレニスさんは、残念ながら 2012年に亡くなった リズ・ピアソンとともに1979年のツアー・オブ・ライフのバックコーラスを担当した 人です。 少し引用しましょう:

Glenys Groves 「そうして私は、ケイト・ブッシュのソファーに座り、 ハーブティーを飲みながら、ケイトの飼っていたパイワキットとズードルという 2匹の猫を撫でていました。 そこで何か歌ったかどうか、正直覚えていないのですが、 要求されるボーカルのレンジがあってケイトが求めるサウンドを作れるということを 納得させることができたようです。 今思えば、音楽的なことだけでなく人間としても付き合っていいし、 バンドともやっていけるとと思ってくれたのが、本当に大事なことだったんでしょう。 やったね! ライオンハートのツアーに同行することになって、 もう一人バックボーカルの「ツレ」を探すという仕事を、 その水曜日から始めることになったんです。」

この本は、こちらのサイトで購入できます。(情報はダレルさんから)

glenys_tour_programme

ケイトの1979年のツアーパンフでのグレニス・グローブス

Glenys Groves at BTD

ケイトのビフォー・ザ・ドーンに友人のダレル・ベイビッヂと出かけたグレニス・グローブス

2016年6月16日木曜日

ブルームの日、ジェイムズ・ジョイス、ケイト、そしてセンシャル・ワールド

ブルームの日、おめでとうございます! 何年か前にケイトのセンシャル・ワールドについて書いた文章を再掲しようと 思います。 6月16日にはこの曲を聴くという方もたくさんいらっしゃるようなので。 もちろん、2011年にはケイトがついにジョイスのオリジナルのテキストを 使った「フラワー・オブ・マウンテン」をリリースしていますので、 もう十分ではあるのですが、 一方でバランスを取ろうとすると、 ケイトの作品の仕上がりとしては前の作品の方が 素晴らしいという評価になります。 創作における満たされない思いとそれに耐えたことが、 例を見ない作品を形作ることになったのだと思います。 ~ ショーン

Off Howth Head and into the flesh...

ジェームズ・ジョイスのユリシーズは1922の刊行以来不朽の名作と評価されています。 主人公のモリー・ブルームがダブリンでのある一日を過ごす中で出会う出来事で綴られてゆく物語です。 それは1904年の6月16日で、ジョイスとノーラ・バーナクルが初めてデートをした日で、 今はブルームの日となっています。 ジョイスの意図は、この小説にホメロスの物語との相似性を持たせるということにあり、 レオポルド・ブルームの妻モリーはペネロペイアに対応しています。 神話の世界でのペネロペイアは貞淑なのですが、 彼女は10年に渡る貞潔の生活を破りヒュー・ブレイゼズ・ボイランと関係を持ってしまいます。 巻末の有名な彼女の独白の部分は、1章が8つの長い長いパラグラフだけで構成されるという形を 取っていて、2つしか句読点がありません。 モリーはレオポルドをベッドに招き入れ、彼の健康のことを気にかけますが、 その中で彼女がいだいた最初の愛の気持ちを思い出します。 この章の始まりと終わりには、ジョイスが女性的な言葉としていた"yes"という単語が置かれています。 この本の前の部分では、レオポルドがディヴィ・バーン・パブでチーズサンドイッチと 赤ワインを飲みながら、モリーが結婚を承諾した1888年の初夏の日を思い出すシーンがあります。 ハウス・ヘッドのシダやツツジに囲まれた場所で、雌ヤギがそれを見ていました。 この非常にロマンチックな回想は、ユリシーズを通して何回か部分的に出てきますが、 そこにはモリーが種子入りケーキを彼に口移しする場面が書かれています。 2人の愛は、少なくとも16年前は、情熱的で、官能的で、活き活きとしていたのです。

The Sensual World

ケイトが名作アルバムとの評価を受けた1985年の愛のかたちの次作の制作に取り掛かったのは、 ユリシーズの刊行後60年以上経ってからのことです。 このころ、ケイトはモリー・ブルームの独白の場面にインスピレーションを受けて リズミカルな歌詞のない曲を書いていました。 ケイトがユリシーズの最終章のことを知ったきっかけは、 アイルランドの女優シオバーン・マッケンナによる1958年の録音でした。 ケイトはその美しさと女性らしさにすっかり魅了されてしまったのです。 「思いが紡がれていくのは、まるで終わりのない文章のようで、 "yes"という単語が文章の区切りのようになっていて、ゆっくりと速度を上げてゆくんです。 最高に官能的な文章だと思いました。」 そして、この本の中の言葉が、その曲に完璧に合うと気づいたのです。 「もうそのために作られたんじゃないかと思うぐらいぴったりとはまりました。 もうおかしいんじゃないかと思うくらい、全てがうまく合ったんです…」

この曲はダブリンのウインドミル・レーン・スタジオで録音されました。 アレンジはビル・ウェラン、ミュージシャンはアイリッシュパイプのデイヴィ・スピラーン、 ブズーキのドナル・ラニー、フィドルのジョン・シーハン、 ドラムのチャーリー・モーガン、ベースのデル・パーマーが入りました。 ケイトのお兄さんのパディーはレコードのスリーブでの記載では「鞭」ということになっていましたが、 これはすぐに訂正されました。 「本当は釣竿を2本持って鳴らしていました。 アイルランドの美しい湖畔の雰囲気を出したかったんですが、 釣竿のヒュッという音でツイードの帽子と長靴でフライフィッシングをしている感じが出るかなと 思ったんです。」

うまく運んでケイトが喜んでいたのもつかの間のことでした。 ジョイス財団から本から引用した言葉をそのまま歌詞に付ける許可が下りなかったのです。 その判断を変えてもらおうとする説得は1年ほども続けられました。 「関係する人たちにアプローチしたのですが、頑として聞き入れてもらえませんでした。 できる限りのことはしたのですが。すっかり落ち込んでしまいました。 彼らの専権事項であることは間違いないですから。 でも曲を作り直すのは、どうしたらいいかわかりませんでした。 一時期はアルバムごとお蔵入りも考えたほどですが、大変な労力がすでにかかっていましたし、 アイリッシュのプレイヤーの人たちもよくやってくれていました。 」

Kate with peach ケイトはそういう失意の中で曲をまるごと書き換えにかかりました。 「もとのリズムや韻を保ちながら、少しずつ書き換えて、新しい別のストーリーに作りかえていきました。」 その作品はセンシャル・ワールドというタイトルになり、モリー・ブルームが二次元で白黒の本の世界から 現実の世界に飛び出してくるという内容になりました。 「思いついたのはこの世の中が官能的だってことです。 物に触れるということ、足元の草の感覚、手に持った物の感覚、どれも官能的です。 私にとってはこの地球にそういうことがあること自体がとっても大事なことに思えました。 素敵ものに囲まれているのにそんな風には見ることは少ないですね。 それまでに見たことが無い人が初めて体験したらすごいことになりますよ。」 日常の体験の中に愉悦を求めるというテーマには、ケイトは後ほど 2005年のエアリアルでもう一度回帰しています。これも大変な好評を博しました。

曲の冒頭には教会の鐘が聞こえますが、これはハウス・ヘッドでのレオポルドからモリーへの 結婚の申し込みを表しているのでしょう。 「鐘の音には思い入れがあります。素敵な音だしお祝いの音でもあります。 誕生や結婚、死といった人生の節目を飾るのも鐘の音です。 すごくおめでたい感じがしますね。 モリーが独白の中でレオポルドから結婚を申し込まれたときのことを言っている場面で、 鐘が鳴っているイメージがありました。丘に座っていて遠くで鐘が鳴っている感じです。 思い返すと、アルバムの最初に鐘を使うのはいいなってずっと思ったんです。 おめでたい感じがして日曜の午後にどこか気持ちのよい丘にいるような気分になりそう。」

Sensual World Video

マケドニアの曲(「アンティス」)が、"stepping out..."の部分に合うように編曲されて この曲に新たな彩を加えました。 この曲は同名のニューアルバムのリードシングルになることが決まりました。 プロモーションビデオでは、ケイトはベルベットのガウンをまとい、 夢の中のように踊りながら森の中を歩きますが、バックでは日が落ちて月明かりになり、 また夜が明けるという移り変わりがあります。 1989年秋のあるインタビューでケイトは、この曲はそれまでの自作の中でももっとも 女性のポジティブな力を持った曲だと語っています。

「愛のかたちまでは、曲に対して男性のパワーと対抗するような力を 求めていたように思います。 今回はそれがありませんでした。 男性のようにパワフルに表現しようというのではなく、女性としての自分自身を自分の音楽で表現したいと いう気持ちでした。 間違いなく、センシャル・ワールドは女性のエネルギーを持った曲です。 音楽的に女性であることの喜びを出した新しい表現だと思いました。 」

Sensual World video

嵐が丘の世界的ヒットでエミリー・ブロンテの小説に改めて関心が寄せられたのと 同じように、ケイトがモリー・ブルームの豊饒な内面世界をこのようにユニークな かたちで表現したのを聴いて、ジェームズ・ジョイスのユリシーズ(やほかの作品も)に 挑戦しようと思った人は多かったことでしょう。

ジェームズ・ジョイスのユリシーズから引用を2点

「…the sun shines for you he said the day we were lying among the rhododendrons on Howth head in the grey tweed suit and his straw hat the day I got him to propose to me yes first I gave him the bit of seedcake out of my mouth and it was leapyear like now yes 16 years ago my God after that long kiss I near lost my breath yes he said I was a flower of the mountain yes so we are flowers all a womans body yes…」

「….and O that awful deepdown torrent O and the sea the sea crimson sometimes like fire and the glorious sunsets and the figtrees in the Alameda gardens yes and all the queer little streets and the pink and blue and yellow houses and the rosegardens and the jessamine and geraniums and cactuses and Gibraltar as a girl where I was a Flower of the mountain yes when I put the rose in my hair like the Andalusian girls used or shall I wear a red yes and how he kissed me under the Moorish wall and I thought well as well him as another and then I asked him with my eyes to ask again yes and then he asked me would I yes to say yes my mountain flower and first I put my arms around him yes and drew him down to me so he could feel my breasts all perfume yes and his heart was going like mad and yes I said yes I will Yes.」

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