2018年12月7日金曜日

作家のデビッド・ミッチェルがBBCラジオ4でケイトの詩集について語る

今朝のBBCラジオ4のレベッカ・ジョーンズの番組で、作家のデビッド・ミッチェルが、 自身が序文を書いたケイトの詩集透明人間になる方法について語りました。 以前にもデビッドは夜明け前の公演の対話のシーンでケイトと共作しています。 また、ガーディアンにケイトの作品がいかに好きかという内容の記事を 書いたこともありました。こちら。 デヴィッドのインタビューは、 こちらのオーディオストリーミングの2:22:37のところからお聴きください。

「こんな人がいてくれて、本当に良かったと心から思います。 今までに作って来られた音楽を楽しめることも幸せなことですし、 私にとっては空にかかる星座のように、感動をもたらしてくれます。 自分の人生の歩みに寄り添うような本物の音楽で、だんだん深みを増してくるようにも感じます。 私の人生の伴侶といっても良いようだとよく思います。」

私生活を見せないことで有名ですが、ケイト・ブッシュの歌詞からどんなことが読み取れますか?

「非現実的だったり変だったりする言葉の使い方を見ると彼女は『言葉オタク』ですね。 人間の魂の暗い部分にも恐れを持っていないようです。 それによって、ほかの幾多の曲には無いようなパワーが生まれています。」

最初にどのようにして知りましたか?

「はい、 同世代の人にはよくあったと思いますが、 1978年に嵐が丘のビデオがトップオブザポップスに出てきたときでした …(笑い) ぜんぜん見たことがない感じでしたからね。 翌日学校に行ったら、クラスの女の子たちがみんなケイト・ブッシュのものまねを していたもんです。 校庭のあちこちで例のダンスをやっていて、それであの曲が脳裏に焼き付いて、 今に至るってところです。」 ;

ケイトの彼の作品への影響については、こう言っています: 「アーティスティックで実験的な1982年のドリーミングという作品があって、 これを聴くと、リスクを恐れるな、そして彼女にあんなことができるんだったら 自分にもできるかもしれない、と考えてしまいます。 あのアルバムは、私の最初の2作を書いたときには、それこそ擦り切れるぐらい何回も聴きました。 芸術の女神が味方に付いてくれて、大丈夫、やってみて、うまく行くよ、と囁いてくれている ような気がしました。」

ケイト・ブッシュから序文を書いてほしいという依頼を受けたのは、新作の執筆にかかっている ときでした。 がっかりするからあこがれの人には合わないほうが良いってよく言われますけど、 その点はどうでしたか?

「ぜんぜんがっかりとかでは無かったですよ。 もう、曲とおんなじ感じです。地球のように大きな深い心を持っていて、 とても惹かれる考えを持ってられるし、 体験したこともないようなイメージや言葉の言い回しがあって、 人間的にもとても暖かい人です。」

新作に取り掛かっているというような情報はなにかありますか? デビッドはニヤッとして(そして注意深く!)こう言いました: 「それは言えません。絶対に言うなと言われています。肯定も否定もできませんので、 あいまいに微笑んでいるしかないですね。」 インタビューの最後では、ケイトの影響についてこう言って締めています: 「これからまだ二三百年は驚きをもって聴き続けられることでしょう。 エリザベス朝時代の形而上学的な詩がまだ鑑賞され続けているのと同じように、 命を持ち続けると信じています。 これはえらく大きな話をしていると思われるかもしれませんが、こんな話をするのは ケイト・ブッシュを含めて一握りのアーティストについてだけです。」

このケイトの詩集(特製のしおり付き)、透明人間になる方法のTシャツやトートバッグ、 そのほかいろいろなアイテムやサイン入りグッズをあてるくじなどが、 ロンドンのコール・ドロップ・ヤードにあるケイト・ブッシュ・リマスターのポップアップショップで 買うことができます。 ショップは日曜日まで毎日オープンしていて、最終日は8時閉店です。 利益は全額ホームレスチャリティーのクライシスに寄贈されます。 詳しくはこちらで。

2 件のコメント:

sozo さんのコメント...
このコメントは投稿者によって削除されました。
sozo さんのコメント...

引用されたGuardianの記事では Running Up That Hill がセクシャルな意味だと断言してます。

The song posits that God (not the devil, for an extra spoonful of subversion) allows a woman and her male lover to swap bodies during sex and “exchange the experience”. It is a thumping, stormy, sacred-and-profane, frankly orgasmic tryst of a song. Not only the most bewitchingly, persuasive and naked song about sex that I’d ever heard, it was also the first I’d encountered that validated female sexual pleasure as distinct from its male counterpoint.