2026年6月18日木曜日

追悼ヒラリー・ウォーカー

1979年にBBCの番組「ネイションワイド」でケイトのツアーについて語るヒラリー・ウォーカー

今日はとても悲しいニュースがありました。公式サイトでのケイトによる投稿で、ヒラリー・ウォーカーさんが亡くなったことがわかりました。ヒラリーはケイトのかつての個人アシスタント兼代理人で、20年間にわたり事実上のマネージャーとして働いていました。音楽業界で高く評価されており、ケイトのキャリアの初期から同行している姿を常に目撃されており、この時期のケイトへの貢献は計り知れないものでした。

EMIのプロモーションと国際部門の責任者でしたが、ケイトのためにフルタイムで働くために、1978年に会社を辞めています。1978年の訪日時には、BBCのリポートでケイトと一緒にいるのを確認できますし、BBCの「ネイションワイド」スペシャルでは1979年のケイトのツアーの初日について話しています。また、2001年にロンドンで開催されたQアワーズではレッドカーペットをケイトと一緒に歩いていました。そしてもちろん、ケイトの多くのアルバムのライナーノートでは大切な「Hil」としてケイトの感謝を受けていました。

ヒラリー・ウォーカー、ケイトとジャーナリストのボブ・フレンド、東京1978年
ライオンハートのアルバム発売パーティーにヒラリー・ウォーカーとともに到着するケイト – 1978年11月10日、オランダの14世紀の城、アンマースオーエン城で
1979年1月のケイトの1979年ツアーの制作スケジュールの一部。ヒラリー・ウォーカーなど、おなじみの名前が見えます。(出典:リチャード・エイムズのサイト https://roadstories.co.uk/content/1979/1979-kate-bush/ )
ヒラリー・ウォーカー(中央)とケイト、兄のジョンとクルーがグリニッジで行ったツアーミーティング、1979年初頭。
ヒラリーはケイトのアルバムの多くで謝辞を受けていますが、この1985年のアルバム「愛のかたち」での例のように、いつも単に「Hil」と書かれています。
2001年のQアワードでのケイトとヒラリー・ウォーカー

ケイトは、公式サイトに今日、友人であり仕事仲間でもある彼女の写真を投稿し、追悼のメッセージを記しています。

ヒラリー・ウォーカー(写真:Katebush.com)

ヒラリーさんは素敵な人で、元気いっぱいで愛されていました。

私たちはたくさんの冒険をして一緒に世界を巡りました。
旅行が大好きな人だったので、一緒に旅をするのは楽しかったです。
最初のアルバムをリリースしてすぐに一緒に仕事をするようになりました。
ヒラリーさんは20年近くにわたって、公私ともに本当に私にとって大切な存在でした。
私の信頼できる右腕であり、私の親友でもありました。

ヒラリーさんは愛を誓いあった夫のピーターさんと共に再び世界の旅にでました。
ピーターさんに会った瞬間から信じられないほど幸せで、迷うことは全くありませんでした。

ヒラリーさんを失って、とても寂しくなります。
親愛なるヒル、いつも一緒にいてくれてありがとうございました。
ケイト

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